深川恋物語
2012年 11月 05日
宇江佐真理 著、'02年7月19日 発売、集英社 刊
今一番好きな作家、江戸の雰囲気を巧みな文章で書き、そこに人々の情緒を巧みに織り込んでいく様は見事。本作は'98~'99年にかけて「小説 すばる」に発表された6編の短篇集で、’00年に第21回吉川英治文学新人賞を受賞したもの。基本的に短篇集は余り好きじゃないのだが、この作品に限りそれは当てはまらない。「下駄屋おけい 」、「がたくり橋は渡らない」、「凧、凧、揚がれ」、「さびしい水音」、「仙台堀」「狐拳」のどれもが素晴らしい。
なかでも [さびしい水音」は凄かった。家のことも手を抜かない約束で妻のお新に絵を描くことを許した亭主の大工 佐吉。しかし、お新の絵が評判を取るようになると次第にお新の収入を当てにするようになる。そして仕事の為に師匠の家へ出掛けるようになったお新と佐吉の心はどんどんとすれ違っていき、結果、別れることになる。そして数年後、深川で再開した二人。
二人のすれ違っていく心の様の描写は凄まじい迫力があり、ラストの邂逅するシーンなんて読んでいる方が切なくなるほど。表題の「さびしい水音」というのはお新が佐吉と別れてから出した画集の中にある一枚の絵の題名で、深川の堀に架かる橋の上から堀をじっと覗きこんでいるひとりの男の絵。これがおそらくこの本の表表紙の絵じゃないかと思う。ほんの少しお互いを思いやる気持ちがあれば「さびしい水音」を誰も聞かないで済んだんだろう。