聞き屋与平 江戸夜咄草
2012年 03月 29日
宇江佐真理 著、'09年7月16日発刊、集英社
「卵のふわふわ 八丁堀喰い物草紙・江戸前でもなし」以来の二冊目がこの本。今まで読んできた捕り物、料理、武士などに絡んだ内容とはかけ離れた物なので少々とつっき難そうなタイトルに腰が引ける。裏表紙にも何やら商家の御隠居さんが主役のようなことが書かれているので尚更。それでも宇江佐真理氏の優しいふわりとした文章をだけを頼りに読み始めることに。
薬種問屋の主人与平は息子たちに店を譲って隠居し、自宅の裏通りでただひたすらに人の話を聞く「聞き屋」を始める。暗い通りの中ででぽつんと小さく灯っている行灯の明かり、人々はそれぞれ抱えている心の重荷をそこで下ろしていく。アドヴァイスもしなければ何らかの策を示すのでもない、聞き料はお客の気持ち次第の志だけ。病を押しても「聞き屋」を続けていく与平自身も心に重荷を負っていた。
痛快さもなければ驚くような話の展開もなく、淡々と話は進んでいく。それでいても読後に優しく暖かい印象を与えるのは氏の筆致の素晴らしさだろう。聞き屋をする与平の心情の中に季節の移ろいを表わす表現が巧みに織り込まれていて、それが読み手の心にもすっと入ってくる。正直、予想外に面白くて驚いてしまった。出来たら一度シリーズ物も読んでみたいと思う。